葬儀 に思う
4月17日新さっぽろのドラマシティーの内容を聞いた、
東京の稲葉さんからメール内容を
ご紹介致しました。
稲葉さんは、今年母親の
葬儀を振り返り、葬儀の想いを
伝えてきました。
以下原文のまま、2回に別けて
ご紹介します。
ブログを見ている方の、参考になればと思い
ご本人の了解を得て掲載させて頂きました。
前回に続き母の葬儀の際の話を・・・ちょっと長くなるかもしれませんが。
母が息を引き取ったのが日が変わってすぐ。病院が遠方だったこともあり、
葬儀社さんに連絡をして昼前に来ていただき、自宅へ連れ帰り、
そこから葬儀の準備開始です。
分っていたことですが、葬儀の内容を決めていくに従って、費用が加算されていく。
最終的な見積もり金額は200万円近い金額提示になりましたが、交渉して
割引をしてもらって合意成立。
そして葬儀が始まりました。我が家は、父の実家が神官の家系なので
神道による葬儀です。お経の代わりに祭詞奏上、焼香の代わりに玉串奉奠と
普段仏式の葬儀が多い中で、戸惑われる方を多く見受けました。
通夜祭・葬場祭はトラブルや葬儀社さんとの行き違いも無く、恙無く進行しました。
葬儀式典が終了し、火葬場から戻って直会。
そして全て終了。葬儀社さんに御礼を言って帰宅し、祭壇を設置し、
遺骨と遺影を飾りました。
慌しい2日間でしたが、無事母を送ったという安堵感と白い布を被った
遺骨と遺影がある違和感。
某葬儀社さんのCMで会葬者が「いい葬儀だったなあ。」という台詞を
言うものがあります。「いい葬儀」って何だろう?
って考えたしまったことがありました。
葬儀は、ある意味では宗教的儀式。故人を送るための儀式。
最後の別れの場。家族や知人が悲しみに暮れる場です。
と同時に、故人への感謝を表す最後の場でもあります。
葬儀自体がそういうものですから、必然的に暗く悲しい演出になるのも
当然といえば当然です。
式典が恙無く進行し、悲しい別れの場面が厳粛に執り行われた。
だから「いい葬儀」なのでしょうか?
仏教が日本に伝来し、日本中に広まったのは、平安後期から鎌倉時代。
民衆が仏に縋ったのは「来世への救い」でした。
現世は貧困・苦難にあえいでいても、仏に縋れば来世はきっと幸福になれる、
その思想が民衆に受け入れられ、広まったのでしょう。
神道では、亡くなった者は「神」となり、永く子孫を見守っていく、
という考えになりますね。神道では戒名は無く、俗名の下に男性であれば
「大人命(うしみこと)」、女性であれば「刀自命(とじみこと)」と
「命」になります。また、すべて「祭事」ですので「祭」ですね。
50日祭、100日祭、1年祭など。さすがに、1年祭まで(多くの場合)は、
拝礼に際して「拍手(音を立てる)」では無く「忍び手(音を立てない)」ですが、
1年祭からは「パンパン」と手をたたいて拝礼します。
そう考えていくと、どちらにしても(ごめんなさい、キリスト教は
どうなんでしょう?)、残ったものは悲しい話ですが、故人は寧ろ
悲しい話ではないのでは?
残った家族がいつまでも悲しみに暮れ、元気を無くし、落ち込んでいては、
きっと故人は安心して旅立っていけないのではないでしょうか?
以降次回に掲載します。
稲葉さんは、今注目されている、少額短期保険の販売業務をしています。
保険会社の長く携わり、葬儀の内容について思いを語ってくれました。
稲葉さん 有り難う御座います。
NP少額短期保険株式会社
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