葬儀 自分葬(2)

今日から、数回に分けて北方ジャーナルに掲載された記事を掲載させて
頂きます。 自分葬を考えている方の参考になれば幸いです。

THE HOPPO JOURNAL 20078

21世紀の供養はどこへ―「お盆」に葬儀・法要のこれからを考える
広がり見せる「自分葬」
―儀式に命を吹き込む“弔う心”―
  “型にはまらぬ”供養を提唱して十年 「現代北の葬儀研究会」
鈴木全明さんに聞く

 鈴木さんが提唱してきた“自分流”の葬儀も、この3年間ほどで定着して
きたという。「自分葬」「家族葬」といったセレモニーがそれだ。
「選択肢体が増えたということは、単純に歓迎していい事態だと思います。業者や866c89c8jpeg親類縁者、町内会、職場などのリードで昔ながらのお葬式―故人や遺族にとって必ずしも本意ではないお葬式しかできなかったころよりも、間違いなく一歩は進んでる。とくにここ北海道は、開拓時代からの歴史が浅いぶん、『これはいい』となったら一般的に広がるのが速い。どちらかというと儀礼の簡素化を目指しているような気風もあるので、市民・消費者にとってはニーズを反映してもらいやすい環境だと思います。婚礼の披露宴で『会費制』が普通に定着してるぐらいですから。乱暴な言い方をすれば、どうにでもなる。これは、経済的な事情もからんでると思いますよ。現在の道民所得を考えれば、一時期の華美な葬儀・法要はもはや現実的ではありません」
 リアルな側面から簡素化が拡まったということか。そうだとすれば、いかにも道民らしい選択だが。
 「いえ、もちろんそれだけじゃありません。リアルな問題をきっかけに、セレモニーの本誌値を見据えるようになったひとが増えてるってことなんです。『弔うこと』とか『偲ぶ心』というのは、『型』ではなく『思い』である―。そういう本質に気づく人が増えたし、現在も増えているということです」

次回に続く