葬儀札幌の(株)セレモニーきょうどう と自宅葬

来扶アシスト倶楽部だより2)初春号 紹介

こんな家族葬「自宅葬の紹介」 札幌市・Yさんの場合

「『畳の上で』は『わがまま』ですか?」

 「畳の上で」という形は、いわば「家族葬」の究極です。

実際にそれを叶えるのは難しいことですが、決して不可能ではありません。札幌市北区のYさん(80歳代・女性)のお葬式は、私たちから見ても理想的なケースでした。

 当初から「すべて自宅で」と希望していたYさんは、不治の病に倒れて自らの旅立ちの時期を悟ってから、自宅療養の道を選びました。

さいわい、理解のあるお医者さんがご近所で開業なさっていたため、定期的に往診を受けることで、家族と同じ屋根の下で静かな晩年を過ごすことができたのです。

「当然の願い」を実現する難しさ

「当然の願い」を実現する難しさYさんのような思いを抱いている方は、とても多いと
思います。

(株)セレモニーきょうどうでは、以前から一定の割合でご相談が寄せられて
いましたが、ここ1、
2年はとくにそういう声が増えました。弔いの起源にさかのぼるまでもなく、本来「畳の上で」はごく自然な姿だった筈です。しかし現実には、よくも悪くも広く普及した延命治療の成果で、圧倒的に多くの人たちが病院で最期を迎えざるを得なくなっています。

直前まで自宅療養を継続できていても、最後の最後に救急搬送され―という光景は、日本中のいたる所でごく当たり前に見られるようになりました。

 それを考えると、最後まで入院・延命治療を拒み、周囲の理解も得ることができたYさんのケースは、いわば「わがまま葬」です。

しかし、12年前に創業した弊社が「家族葬」を提唱した時、その究極の形として思い描いていたのはこの「わがまま葬」でした。自宅で穏やかな晩年を過ごし、自宅で最期を迎え、自宅で見送られたい―。このささやかなわがままを、「できない」のひと言で斬り捨ててよい筈はありません。終

末期で病状が固定している人に敢えて延命措置を施すことは、本人や家族の意志をさし措いてまで優先すべきことなのでしょうか?

 比較的安定期の長かったYさんは、お世話になった人たちと充分なお別れの時間を過ごせたと思います。最期は、寝食をともにするご家族に看取られながら静かに息を引き取りました。

ご遺体が安置されたお部屋にごくシンプルな祭壇をしつらえ、ご遺族や親しいお友達など10

人が参列して、自宅葬でYさんをお見送りしました。駈けつけた参列者の一人が、思わず「羨ましい」と呟いていたのが印象的でした。

「羨ましい」といわれる葬儀 

究極の家族葬が実現したのは、第一にご家族が故人の思いを尊重したこと、第二に医療機関の理解を得られたこと、第三にご自宅の環境が儀式の運営に支障のないものだったこと、の三点によります。自宅葬を望まれる方が、必ずしも以上の条件をすべてクリアできているわけではありません。

しかし、可能な範囲で理想的な形に近づけることはできます。サポートする私たちは、最大限その思いを形にしていくためにも、事前のご相談の席では考えられる限りの「わがまま」を提示していただきたいと思っています。

今年はYさんのほかにも多くの方々がこのような家族葬を実現し、いずれのご遺族も「できないと思っていたことができた」との思いを抱いてくださいました。

 私たちが活動してきたこの10年余で、何百人も参列するような華美なお葬式は以前ほど見られなくなり、家族葬やそれに近い形の簡素なセレモニーが増えました。それに伴って、人々の死生観も少しずつ変わってきたのだと思います。

自宅での旅立ちを願う考えは、今やYさんのようなご高齢の世代だけでなく、ごく若い人たちの間にも浸透してきました。

 「畳の上で」が「わがまま」でなくなる日も、そう遠くないでしょう。

【会場費・飲食等含めた総予算=約60万円】
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